高次脳機能障害は敷居が高く感じる分野の1つです。
1つ1つの症候が単純ではなく、分類などもやや混み入っている印象があります。
一方で勉強して診察を行うと、非常に面白く感じる分野でもあると思っています。
今回は、ベッドサイドで簡易的(スクリーニング的)に行えるような評価法例をまとめてみました。
※この記事の内容が原因で生じたいかなる不利益にも責任は負いかねます。
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目次
【参考文献】
高次脳機能研究 2020;40(2):199-203
高次脳機能研究 2020;40(2):204-211
【高次脳機能障害と神経心理学】
・高次脳機能障害と神経心理学は、用語を混乱させがちである印象があります。
(少なくとも自分自身はよく分からないまま使用していることがありました。)
・まずは参考文献の序文を参考に、これらの用語について考えます。
・神経心理学:言語や認知、行為、記憶、前頭葉機能などの中枢神経機構を明らかにし、その障害に基づく諸症候に対処する学問です。
・神経心理学的症候:神経心理学が対象とする症候で、失語/失行/失認/記憶障害/前頭葉機能障害/認知症などが該当します。
→そして"神経心理学"と同義であるのは、"高次脳機能障害学"と考えられます。
・本記事では上記の考え方のもとで、"高次脳機能障害"を考えます。
【高次脳機能障害の分類】
・高次脳機能障害に関して、様々な意見がありまだ画一的でない部分や仮説段階である部分も多い印象があります。
・その中でも、上記の分類は特に実臨床において分かりやすく有用だと思います。
・従来、高次脳機能障害は失語/失行/失認を中心としてまとめられていました。
→一方で、解剖学的背景や症候の発現メカニズムから上表左のように①注意障害、②記憶障害、③言語障害、④その他の高次脳機能障害(行為障害/認識障害/実行機能障害)に分けることができます。
→本記事では、この分類に沿ってベッドサイドおける評価法を考えます。
【高次脳機能障害の局在診断】
※後述しますが、上表のうち構成障害/着衣失行およびBabinski型病態失認/身体失認は、厳密には失行および失認の定義に当てはまらないとされます。
・上表は主要な高次脳機能障害の推定される責任病巣を示した表になりますが、大雑把な提示であり、議論のある部分も多々あります。
・高次脳機能障害において、障害と責任病巣は一対一対応でないことがあります。
→特に大脳の側性化(左右大脳半球の機能分化)に個人差があることに注意します。
・また、責任部位とされる場所に病変があっても、対応する高次脳機能障害が出現しないこともあります。
→高次脳機能障害の中で出現しやすい症候もあれば、特殊な状況にのみ出現する稀な症候もあると考えられています。
【ベッドサイドにおける評価】
⓪基本事項
・高次脳機能障害の評価では、種々の用紙や道具などを用いた神経心理テストを要します。
・これらを全てまとめるのは困難と考えたため、今回は"ベッドサイドでスクリーニング目的で評価行うとしたら、このような方法はどうだろう"と私自身が学習してみた内容をまとめてみた形になります。
・従って詳細で正確な評価といった観点よりも、高次脳機能障害の存在を疑うといったことを目的とした記載になりますので、ご留意頂けますと幸いです。
①注意障害
⑴confusional state
・全般性注意(global attention)の障害です。
・集中力を欠き、一貫した思考や目的のある会話や行動ができません。
→そのため、神経心理検査にはなかなか乗らない状態であると言うことができます。
・ベッドサイドではDigit spanやserial 7`sで評価を行うことができます。
・Digit span:聴覚提示した数字を復唱する課題で、2桁で開始し、正当するごとに9桁まで実施します。
→Forward(正順)では提示された順、Backward(逆順)では提示した逆順に回答します。
→特にForwardで5桁以下は注意障害を示唆します。
・Serial 7`s:暗算で100から7ずつ引いてもらいます。HDS-RやMMSEにも採用されています。
※MMSEのスコアは、注意障害の重症度の指標にもなるものとされます。
理学療法科学 1997;12(3):155-161
・空間性注意(spatial attention)の障害です。
・多くは左半側空間無視となります。
→頭部や眼球を右側に向け、左側の人に気付かず、左側から声をかけても右側を探したりします。
・図形(立方体など)の模写や線分の抹消/二等分課題などで評価ができます。
・線分抹消課題:紙上の線分全てに印をつける課題です。
・線分二等分課題: 紙上の直線の中央に印をつける課題です。
・ベッドサイドでは、患者の眼前に伸ばした聴診器の中央の指差しを行ってもらう方法が簡便です。
②記憶障害
(0)基本事項
・"記憶"は上図のように分類することができます。
・即時記憶(immediate memory):干渉が入らず、記憶される情報は常に意識に上がっています。数字の復唱などで検査される情報の瞬間的な保持能力で、注意力などとも関連します。
・近時記憶(recent memory):数分-数日の記憶で、新しい記憶の獲得(学習能力)に相当し、一度意識から消えて再度想起される記憶です。
・遠隔記憶(remote memory):既に獲得された過去の出来事に関する記憶で、自叙伝的記憶(autobiographical memory)や社会的記憶(social memory)が含まれます。
※上記は神経心理学上の分類であり、実験心理学では即時記憶を短期記憶、近時記憶と遠隔記憶を長期記憶としています。
→長期記憶については、以下のように陳述記憶と非陳述記憶に分類できます。
・陳述記憶(declarative memory):意識的に想起可能で、内容を述べたりイメージしたりできる記憶です。
-エピソード記憶(episodic memory):自身が経験した具体的な出来事で、経験した状況(時間や場所)を特定できる記憶です。
-意味記憶(semantic memory):"知識"に相当し、思考やエピソード記憶の材料となる辞書的な情報です。
・非陳述記憶(non-declarative memory):意識的な想起が不可能な記憶です。
-プライミング(priming):事前に提示した情報が後続の同じ情報に関する処理を促進する現象で、後続刺激の処理の際に先行刺激の意識想起を伴わない場合に限られます。
-手続き記憶(procedural memory):ある行動、作業、知覚や認知過程を繰り返すうちに短時間で正確に行えるようになるといった、反復により習熟する技能のことです。
※更に陳述記憶について、記憶される情報の様式によって言語性(verbal)、非言語性(nonverbal)/視覚性(visual)/視空間性(visuospatial)に分けられます。
→一般的に左半球損傷で言語性記憶、右半球損傷で非言語性記憶の低下をきたすとされます。
・(高次脳機能障害全般にも言えますが)記憶障害を正しく評価するには、評価の妨げになる障害がないか確認する必要があります。
→例えば意識障害、注意障害、知的能力の低下、うつ状態などでは本当に記憶障害による所見であるのか、解釈が困難になります。
・ベッドサイドでは非陳述記憶を除いた即時記憶、エピソード記憶、意味記憶の評価が中心となります。
⑴即時記憶の評価
・数系列復唱(Digit spanで評価可能(①注意障害を参照))
・serial 7`s(①注意障害を参照)
・3単語の記銘と直後再生(例:さくら/ねこ/でんしゃ)
⑵エピソード記憶の評価
・3単語の遅延再生(例:⑴で確認したさくら/ねこ/でんしゃを時間をおいて質問)
・自己の経歴の叙述
⑶意味記憶の評価
・単語の説明
・ことわざの説明
③失語
※失語については、今後別記事で詳細にまとめる予定です。
・発話
-自発語:「名前は?」「体調はどうですか?」などに対する発語をみます。
-命名:日常品(時計や眼鏡など)の命名、難しい場合は第1音によるヒント正答の有無をみます。
-復唱:単語(音節を増やしていき復唱能力の指標とする)や短文の復唱をみます。
→上記から発語の長さ、失構音(発語失行)、音韻性錯語、喚語障害、復唱障害などを評価します。
・聴覚的言語理解
-Pointing span:5個の物品(机/椅子/壁/窓/天井など)を検者の述べた順に指差しさせ、連続でできた個数を言語理解障害の指標として記録します。
-身体命令:開閉眼や起立などの命令が理解できるかみます。
-文理解(虚実):虚実(例:石は水に浮きますか?)についてyes/noで答えてもらいます。
・文字理解と書字
-文字理解:文字の書かれたカード(例:目を閉じてください)の理解の有無をみます。
-書字:漢字や仮名の書き取りをみます。
→書字障害は失語と構音障害の鑑別の手掛かりとして重要です。
④失行
(0)基本事項
・行為/動作の障害のうち"行為/動作の実現に特化して機能している機構の障害"によるものです。
・行為/動作の障害は例えば"言葉が理解できない(失語)"、"目の前のものが何か分からない(失認)"といった場合なども見られ得ます。
→"失行"と確定する際には、これらの障害などではないことを証明する必要があります。
・上記につき、以下の記載が分かりやすいため引用させていただきます。
しかし失行をこのように概念的に想定したとしても,そんな機構が実際に脳内に存在しているのでしょうか.あるいはその障害としての失行が存在するのでしょうか.これまでの研究では,失行に相当する症候は,確かに存在していて,時代とともに多くのことがわかってきています.しかしそれでも失行に関する知見には,失語や失認に比べて遥かに混沌とした部分が多く残っています.
ここでLiepmannが,最初に失行について報告した論文(Liepmann, 1900)をみてみたいと思います.この論文は,失行という病態が存在することを臨床家たちに認めさせた論文とされていて,ここには失行症状を評価する手順が示されています.この手順は今でも受け継がれているので,その手順を支える考え方をみなさんと共有したいと思います.症例は41歳男性です.この症例は,日常の行為や動作はでたらめで,物品の指示課題でほとんど全てを間違いました.そのため言葉の理解も,対象の認知も障害されていると周りからは,みられていました.この症例を診察する機会を得たLiepmannは,本例の動作の障害が,右上肢を使う時のみに生じていたことに気づきました.そこでこの異常な動きを呈する右手を縛り,強制的に左手を使わせてみたのです.これが状況を一変させました.この症例は,左手ではカードを正しく選択できたのです.すなわちこの左手の成功から,本例が対象を正しく認知できていて,しかも指示理解も可能であることがわかります.右手の動作の障害が,対象認知の障害(失認)や言語理解の障害(失語)のために生じていたのではないことを,Liepmannは示したのです.その後,さらに同様に,その他の原因,例えば感覚障害による副次的な行為・動作障害の可能性等を,順次除外していったのです.かくしてLiepmannは,この症例の右手の動作障害が,副次的な原因によらないことを示すことに成功し,つまりは,副次的な原因によらない,未知の機構の障害,すなわち行為・動作を専門とする脳機構の障害による動作の障害(失行)であることを示したのです.ここで示された手順,考え方は,今私たちが,眼前の症例の症状を失行と判定するのに,症例ごとに毎回踏む必要のあるものです.
⑴肢節運動失行(limb-kinetic apraxia, 拙劣症)
・四肢の熟練した運動ができなくなることをいいます。
・患肢の反対側の中心前回/中心後回の障害によるものとされます。
・特に手指を状況に応じて的確に動かすことができず、拙劣になります。
→個々の指の運動が不十分になったり、指同士を分離して動かすことが困難になります。
→具体的には机の上の硬貨やペンを掴めない、ボタンがかけられない、手袋がはめられないなどが挙げられ、ベッドサイドでもこれらの所見を診察で確認します。
・注意点として、麻痺や体性感覚障害でも同様の症状をきたし得ることです。
→これらの鑑別として、参考文献では以下の方法が提案されていました。
-肢節運動失行を疑う所見を認めたら、以下の診察を追加する。
-患肢のグーパー運動:肢節運動失行や体性感覚障害では良好だが、麻痺の場合は不良である。
-患肢の指折り動作:肢節運動失行や麻痺では不良だが、体性感覚障害の場合は良好である。
→前者は一定以上の筋力は必要だが指分離能は不要、後者は一定以上の筋力および指分離能が必要であることにより、3者の鑑別を行う。
⑵観念運動失行(ideomotor apraxia, パントマイムの失行)
・自発的な行為には障害を認めないものの、口頭指示による社会的習慣動作(ジェスチャー)や道具使用の真似(パントマイム)ができなくなることをいいます。
・左半球(特に頭頂葉(下頭頂小葉など))や脳梁(脳梁離断症候群)の障害によるものとされます。
・症状は両側性に出現します。
・診察では"おいでおいで"や"敬礼"のジェスチャー、"歯磨きをする"パントマイムなどを確認します。
・観念運動失行は日常生活で自発的に行う場面では、障害が目立ちません。
⑶口部顔面失行(bucco‐facial apraxia)
※診察所見に独立して記載し得ますが、厳密には観念運動失行の1つとされます。
・顔面、口唇、舌、頬、口頭、咽頭の習熟動作が困難になります。
・例えば口笛、咳払い、舌打ちなどが意図的にできなくなります。
→ベッドサイドの診察でもこれらを確認します。
⑷観念失行(ideational apraxia, 使用失行)
・物品(単数/複数)の使用が障害され、診察では"デモンストレーション"か"道具の実使用"のいずれかの障害を確認できます。
・デモンストレーション:道具は把持しており、その使用対象は手に持たせずに行うものです。
→例えば、釘は持たせずに金づちのみを持たせて、釘を打つ動作を行わせます。
・道具の実使用:道具を把持し、その使用対象も用いて行うものです。
→例えば、金づちと釘を用いて、実際に釘を打つ動作を再現してもらいます。
・症状は両側性に出現します。
・道具を把持させずに行う"パントマイム"では観念失行の評価はできません。
→ただし、観念失行はしばしばパントマイムの失行(=観念運動失行)を合併することに注意します。
・なお、診察上はしばしば別の道具の使用動作となるような誤り方をします。
⑤失認
高次脳機能研究 2020;40(2):204-211
・ある特定の感覚を介したときだけ、対象物が何であるか分からない状態です。
・失行と同様にその他の原因によるものではないかの検討が重要になります。
→具体的には感覚障害、知能の低下/知識不足、注意障害、失語などは評価が必要です。
・"失認"について、上図のように"りんご"を例に考えてみます。
-りんごの"意味・概念"は"感覚や経験"と"知識"によって形作られています。
-"感覚や経験"は例えば外観上の色や形、触れた時の感じ、噛んだ時の音や香り、どのような状況で食べたことがあるかなどが挙げられます。
-"知識"は例えば白雪姫が毒入りりんごを食べたこと、青森県が有名な産地であることなどが挙げられます。
-これらで形作られた"意味・概念"に私たちは"りんご"という"語音"および"文字"でラベリングしています。
-以上より、りんごそのものからの"感覚刺激"と"意味・概念"と"語音"と"文字"は四者一体と考えられます。
→これらのどれか1つでも知覚または想起されると、他の3つも自動的に想起されます。
-"失認"とは一体であるべきこれらの関係が、感覚特異的に離断された状態です。
-例えばりんごを見ても、意味・概念が惹起されないため何であるのか分からなかったり(視覚性失認)、りんごという"語音"や"文字"をみてもそれが何を意味するか分からなかったりします。
→失認はこれらのいずれかの症状を呈した場合を指し、全て障害されている場合は意味性認知症(SD:semantic dementia)に該当します。
※SDでは単語の呼称障害と理解障害を中心とする語義失語が早期から目立ちます。言葉が出てこないだけではなく、実物を見せても言葉と結びつきません。例えば本物のりんごを見せても「これがりんごというのですか」と首をかしげる様子が見受けられます。
・"ベッドサイドでのスクリーニング"という意味では、厳密に失認の証明を行うのは難しいですが、まずは失認を疑う症状の有無の確認を行うところから、と考えます。
・以下に失認の具体例を示します。
※分類の仕方にも種類がありますが、ここでは五感や対象物による分類を示します。
・視覚性失認:以下に例示します。
-視覚性物体失認:視力や視野障害はないのに、見たものが何か分からなくなります。触ったり特有の音を聞いたり、更には特有の動きを見ればそれが何なのか分かります。
-相貌失認:視覚性失認が顔に選択的に起こった状態です。顔であることは分かり、声を聞けば誰であるか分かります。更には服装や髪型、仕草などからも誰であるか分かります。
-街並失認:熟知した場所(自宅近くなど)の建物や風景を見ても、初めて見るように感じます。そのため、熟知した場所にもかかわらず迷ってしまいます。
※道順障害は熟知した場所で迷うという症状を呈しますが、目の前の建物や風景が何であるか分かる点が異なります。
・聴覚性失認:以下に例示します。
-純粋語聾:読み書きや話すことはできるのに、話し言葉の理解のみできなくなります。しばしば話し言葉が"つぶやき"や"外国語"のようだと訴えます。Wernicke失語の改善過程で、同様の症候を認めることがあります。
-環境音失認:言語や音楽をのぞく有意味音の同定や認識が選択的に障害された状態です。人の声や動物の鳴き声なども含まれます。
-皮質聾:聴覚器官に異常がないにもかかわらず、全ての音を認知できなくなります。純音聴力検査では閾値の上昇を認めますが、計測ごとに値が異なり結果が一定しません。
※皮質聾は厳密には失認ではありませんが、回復過程で聴覚性失認を呈し得ます。
・触覚性失認:触圧覚/温・冷覚/痛覚/深部覚/関節位置覚/二点識別覚/触覚定位(閉眼した状態で触られた場所が分かる)/皮膚書字覚(閉眼した状態で手掌や手背に書かれた文字が分かる)/長さ・大きさ・重さの感覚のいずれにも異常はないのに、何を触っているのか分からなくなります。そのものを見たり特徴的な音を聞いたりすれば何であるか分かります。
・その他:その他の五感である嗅覚や味覚についても失認が報告されています。
⑥その他の高次脳機能障害
(0)基本事項
・本項ではこれまでに登場していないかつ重要な高次脳機能障害をまとめます。
・特に"失行"や"失認"という名を冠するものの、厳密には前述の定義に当てはまらないものがあります。
→構成障害(構成失行)、着衣失行、病態失認、身体失認などが挙げられます。
・これらに加えて左右障害(およびGerstman症候群)についてまとめます。
⑴構成障害
・構成失行はいわゆる古典的な失行症と区別し、構成障害と呼ぶことが多いです。
→また、"失行関連障害"という枠で語られることもあり、失行とは区別されます。
・構成障害は、まとまりのある形態を形成する能力の障害です。
→具体的には、図形の模写や手指肢位パターンの模倣(例:きつね)等が困難になります。
・左右いずれかの頭頂(後頭)葉の障害によるものとされます。
→一般に右半球では視空間認知障害、左半球では行為プランニング障害により構成障害が生じるものとされます。
⑵着衣失行
・着衣に特異な機能があるわけではなく複数の認知的処理が関連するとされます。
→従って、厳密には失行ではなく"失行関連障害"として語られることがあります。
・着衣動作は衣服を接近させる自身の身体状況や衣服の空間的状況の把握など、複数の認知的処理が関与すると考えられています。
→すなわち、着衣失行は複数の機能障害で生じ得る現象と考えられています。
・この他にも麻痺、半側空間無視、構成障害などに伴っても生じ得るとされます。
⑶片麻痺の病態失認(Babinski症候群, Babinski型病態失認)
・病態失認は、自身の症状を認識できない状態で、名前に"失認"と入りますが、前述してきた失認の定義には当てはまりません。
・片麻痺の病態失認は、Babinski症候群またはBabinski型病態失認とも呼ばれ、日常生活をきたすほどの片麻痺があるのに、それを認識できない状態です。
・上表のように診察を進め、1点以上で片麻痺の病態失認ありと考えます。
・右大脳半球損傷(特に右MCA領域の梗塞や右半球の頭部外傷)による左片麻痺で認めることが多いとされます。
・その他に内包、島、視床、基底核、橋なども病巣部位として報告されています。
⑷盲・聾の病態失認(Anton症候群)
・盲や聾に対する病態失認はAnton症候群と呼ばれます。
・盲や聾を否定するだけでなく、あたかも見えていたり聞こえているかのように行動して失敗します。
・診察では言語的な質問だけでなく、行動の観察や瞬目反射の有無等を確認します。
・中枢神経系の異常による盲や聾(皮質盲/聾)で認めやすいですが、末梢性の原因で生じた盲や聾でも認めることがあります。
→ただし、この場合は全般性認知機能低下を伴うとされます。
⑸身体失認
・身体失認は、自己の身体の一部を自分に属するものとして認知できない状態です。
→自ら症状を訴えることはないため、直接質問して確認する必要があります。
・身体失認の評価法例
-右手を持ち上げて「これは何ですか」と尋ねる。
-左手を持ち上げて右側の空間に提示して「これは何ですか」と尋ねる。
-(自分の手と認識できなければ)「誰の手ですか」と尋ねる。
→左手のみ自分のものと認識できなければ、左上肢の身体失認と考えます。
・典型的には左側の身体失認が、右半球を中心とした広範なネットワーク損傷(特に右MCA領域全域の梗塞が多い)に関連して生じます。
→具体的には右頭頂側頭葉や右内側前頭葉の病巣との関連が示唆されており、身体パラフレイニアではこれらに加えて前頭葉眼窩面や右基底核病巣の関連が示唆されています。
⑹左右障害
・左右障害は、自己身体および対面した第三者の身体における左右の判断が障害された状態です。
・上下/前後などの空間関係や、身体から離れた対象の左右の認知は保たれます。
・左右障害の評価法例
1)患者自体の身体の左右を問う
-左手を触ってください
-非交叉性:左手で左眼を触ってください
-交叉性:右手で左眼を触ってください
2)対面する検者の身体の左右を問う
-私の左手を触ってください
-あなたの右手で私の左手に触ってください
・上記の課題では言語理解および言語性即時記憶、視空間能力など多くの要素が含まれます。
→左右障害は、種々のレベルの機能障害の結果として生じ得ることに注意が必要です。
・左右障害、手指失認(自身の手指の空間関係が認知できない)、失算/失書の4徴をGerstman症候群と呼びます。
→今日では、これら4徴の結びつきは特異的でないとする意見が多いです。もし失語症状がなく、4徴が揃っている場合は左下頭頂小葉の病巣が示唆されます。