キューピーです。
振戦は比較的遭遇頻度が高いですが、知識がないと診療が難しいと思います。
また、時にはER受診の主訴ともなり得るので、ある程度の診療ができる必要があると思います。
今回は振戦の診療についてまとめてみました。
※この記事の内容が原因で生じたいかなる不利益にも責任は負いかねます。
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目次
【参考文献】
神経治療 2019;36:372-376
日本神経治療学会治療指針作成委員会編 標準的神経治療:本態性振戦
【振戦 tremor】
⓪基本事項
・協働筋群/拮抗筋群が律動性、反復性に収縮する不随意運動です。
・分類:静止時振戦、姿勢時振戦、運動時振戦に分類されることが多いです。
・最も一般的な不随意運動で、生理的振戦として健常者に出現することもあります。
・診察のポイント
-特に発現部位、発現や増強される状況、周波数、振幅に注目します。
-周波数:≦4Hz→低頻度、4-7Hz→中等度、≧7Hz→高頻度を目安にします。
※ただし周波数のみで鑑別を絞ることはしばしば困難です。
-静止時振戦:座位で膝の上に手を置いて確認することが多いです。
→認める場合は、暗算を促して増悪するか確認します(Parkinson病で増悪)。
-姿勢時振戦:両上肢を前方に挙上して確認することが多いです。
→その他に起立時に下肢に出現するかどうかも確認します(起立性振戦)。
-運動時振戦:小脳診察と同様の指鼻試験を行い確認します。
→"一次性書字振戦(primary writing tremor)"では書字時のみに激しい振戦を認めます。
※ジストニア(書痙)の一症状なのか、本態性振戦の亜型なのか議論の余地がある病態です。
-決闘者徴候:左右の示指を近づけさせると、振戦が増悪する所見です。
www.youtube.com(一次性書字振戦)
①静止時振戦 resting tremor
・安静時に生じる多くは4-6Hzの規則的な振戦で、動作時に減弱-消失する傾向があります。
→安静時に生じる動作時振戦との区別には、目標のある動作で振戦が減弱するか確かめます。
・しばしば母指と示指により丸薬を丸めるような運動と形容されます。
・疾患:Parkinson病(最多)、パーキンソニズムの一部、本態性振戦やジストニアの一部など。
・特にParkinson病の頻度が圧倒的に高く、有名でもあります。
→また暗算負荷で増強し、睡眠により消失することも特徴とされます。
※ただし、Parkinson病では姿勢時/運動時振戦も認め得ることに注意します。
・静止時振戦は姿勢を取った場合も一度消失しますが、そのまま保持すると再度出現し得ます。
→これをre-emergent tremorと呼び、Parkinson病以外にジストニア由来の振戦でもみられ得ます。
・静止時振戦は上肢で観察しやすいですが、顎に認める場合もあります。
②姿勢時振戦 postural tremor
・上肢挙上位など、抗重力的に肢位を保つときに認める振戦です。
・5-12Hzの比較的はやいものが多いとされます。
・疾患:本態性振戦、甲状腺機能亢進症、生理的振戦、アルコール離脱、Wilson病、Parkinson病/パーキンソニズムの一部など。
・特に静止時振戦がなく、姿勢時振戦のみの場合は本態性振戦の可能性を考慮します。
・なお、本態性振戦は上肢で観察しやすいですが、半数程度で頸部に振戦を認めます。
→Parkinson病では顎の振戦は多いものの、頸部は少ないため鑑別に有用とされます。
③運動時振戦 kinetic tremor
・随意運動中に生じる振戦で、運動の目標の有無で以下の2つに分けられます。
・simple kinetic tremor:運動の目標の有無にかかわりなく運動時に認める振戦です。
・intension tremor:目標を目視しながら目標に到達する運動時に生じる振戦です。
→後者は”企図振戦”とも同義で用いられ得て、小脳系の障害が関与することが多いです。
→典型的には3-6Hzの振戦で、目標に近づくにつれて増強し、達した後も姿勢を保つ限り振戦が続きます。
→また振幅はやや不規則で、粗大で突発性にもみえる運動が混じることがあります。
※近年、用語について”企図振戦を運動時振戦に置き換えるべきである"という意見もあるようです。
・疾患:多発性硬化症、脳血管障害、脳炎、FXTAS、SBMA、ニューロパチー、ミオクローヌスてんかんの一部、MERRFなど。
④検査
脳神経内科 | 診療科・部門紹介 | 社会福祉法人 三井記念病院
・①-③に鑑別疾患を記載していますので、これを参考に検査の方針を検討します。
・血液検査:ルーチン項目、甲状腺ホルモン、セルロプラスミン(Wilson病)など。
・頭部MRI:様々な鑑別疾患において特徴的な所見を呈し得ます。
・DAT/MIBG心筋シンチグラフィ:パーキンソニズムを考慮する場合に検討します。
・神経伝導検査:ニューロパチーに伴う振戦を考える場合は検討します。
・脳波検査:皮質性振戦の原因としてのBAFMEを疑う場合は検討します。
・表面筋電図:不随意運動が振戦であるのか証明するために行い得ます。
→主働筋と拮抗筋で交代性(or同期性)の立ち上がりのはっきりした筋放電を認めます。
【各論】
①生理的振戦
・典型的には高周波数(8-12Hz)、姿勢時(または動作時)のみに認めるとされます。
・振幅は小さく、不安や疲労、運動、低血糖などで増強されます。
・代謝性疾患(甲状腺機能亢進症や電解質異常など)を背景とする場合もあります。
→この場合は原疾患のコントロールを行います。
※例えば甲状腺機能亢進症異常による振戦は、生理的振戦の増強したものと解釈されます。
・QOLの観点などで必要な場合には、β遮断薬で改善することが多いとされます。
②本態性振戦 ET:Essential Tremor
・最も頻度の高い不随意運動の1つで、人口の1-3%に存在するとされます。
→加齢で増加し、40歳以上では5%とされます。
・周波数は4-11Hzで、加齢に伴い低下傾向を示しますが振幅は増大傾向を示します。
・通常は上肢から始まり、(発症時は片側性もあり得ますが)多くは両側性になります。
・半数程度で頸部に振戦を認め、約30%で発声時の振戦(声の震え)を認めます。
→頸部の振戦:横に振るno-no tremor、縦に振るyes-yes tremor、混在するyes-no tremorがあります。
→特にParkinson病では頸部の振戦は少ないため、鑑別に有用とされます。
・また、アルコール摂取により一過性に振戦が改善し得ることも特徴とされます。
・常染色体優性遺伝を示唆する家族歴を有することが多く、FUS遺伝子変異などが知られています。
・環境要因の関与も示唆されていますが、明らかな環境因子は未解明です。
・治療
-まずは対症療法である薬物治療を考慮します。
-第一選択薬:プロプラノロール、プリミドン、アロチノロール。
※本邦のGLでは上記3剤ですが、米国神経学会のGLでは前2剤のみです。
-第二選択薬:ベンゾジアゼピン系(クロナゼパムなど)、ガバペンチン、トピラマートなど。
-プロプラノロール(インデラル®)投与例:10mg1×から開始し、30mg2-3×まで増量可。
-プリミドン投与例:12.5-25mg1×眠前から開始し、250mg/日まで増量可。
→特に投与初期に副作用(悪心やふらつきなど)が多く、必ず少量から開始します。
-上記の第一選択の2剤は、投与初期の副作用が8%vs32%、長期の副作用が17%vs0%とする報告があり(Neurology 1989;39:1587-1588)、この点を考慮して選択します。
-単剤で効果不十分の場合は、2剤の併用療法も検討します。
-なお、第一選択薬で本邦における保険適応を取得しているのはアロチノロールのみです。
→この点から、アロチノロールをまず用いるという考え方もあります。
※投与量等は添付文書を参照ください。
-第二選択薬は第一選択薬で効果不十分、副作用等で使用不可能の場合に検討します。
-薬物治療に抵抗性の場合、ボツリヌス治療、視床Vim核破壊術or刺激術(DBS)が考慮されます。
-また、MRガイド下集束超音波治療(FUS)もRCTで有効性と安全性が報告されており(N EJM 2016;375(8):730-739)、注目されています。
③起立性振戦 orthostatic tremor
・起立時に両下肢にみられる14-18Hzの細かな振戦で、歩行時/座位/臥位は生じません。
・下肢の筋痙攣を呈することもあります。
・60歳前後の発症が多く、顕著な性差はなく、家族歴を有することがあります。
・治療:クロナゼパムなどのベンゾジアゼピン系が最も有効とされます。
④薬剤性振戦
・原因薬剤
-交感神経刺激薬:イソプロテレノール(吸入薬含む)、アミノフィリン
-抗うつ薬:リチウム、アミトリプチン
-抗不整脈薬:アミオダロン、プロカインアミド、メキシレチン
-降圧薬:ニフェジピン
-免疫抑制薬:タクロリムス、シクロスポリン、メトトレキサート
-化学療法薬:シスプラチン、パクリタキセル、ドキソルビシン、シタラビン
など
・交感神経刺激薬や甲状腺ホルモン製剤は、生理的振戦を増強する形で振戦を惹起します。
・抗てんかん薬では特にバルプロ酸が約25%で振戦を引き起こし、抗てんかん薬で最多です。
→通常は6-15Hzの姿勢時振戦で、血中濃度が治療域でも生じ得ます。
・リチウムは33-65%に振戦を惹起します。静止時振戦が多く、姿勢維持で増強します。
→血中濃度が治療域でも生じ得て、中毒域だとほぼ100%で生じます。
・アミオダロンは74%に振戦を惹起したという報告もあり、頻度が高いです。
⑤Holmes tremor
・赤核を含む中脳被蓋部の病変により生じる振戦で、中脳振戦や赤核振戦とも呼ばれます。
→特に罹患肢と対側の赤核の一部、近傍の網様体、小脳視床路、小脳オリーブ路、黒質線条体路の一部を含む病変である必要があるとする研究があります。
・原因病変が生じた直後には出現せず、数週-数か月後に発症することが多いとされます。
・静止時の2-5Hzの遅い振戦で、リズムがirregularであることが多いとされます。
→この振戦は姿勢時に増悪し、動作時に更に増悪することが特徴とされます。
→企図振戦などとは、静止時振戦の有無で鑑別します。
・治療:クロナゼパム(リボトリール®)が比較的有効とされます。
⑥皮質性振戦
・皮質性ミオクローヌスにおいて認める、典型的には7-10Hz程度の振戦です。
・機序:ミオクローヌスによる筋収縮由来の末梢の感覚入力が次の皮質反射を誘発し続けることで生じます。
・特に本邦ではBAFME(Benign Adult Familial Myoclonus Epilepsy)で認めやすいです。
→てんかんの既往や家族歴などを確認することが重要です。
⑦機能性障害による振戦
・器質的な異常を認めないにもかかわらず認める振戦です。
・気を逸らせると消失したり、精神的な負荷をかけるとリズムが変化したりします。
・synergistic movements:振戦と逆側でリズムをとらせる(e.g.指タップ)と振戦のリズムが同期する所見で、鑑別に有用です。
・電気生理学的には、器質的な異常による振戦との区別は困難とされます。
・慢性経過よりも突然発症(および自然軽快)の経過となりやすいとされます。