●この記事は2021/10/10に内容更新しました。
キューピーです。
肺血栓塞栓症(PE:Pulmonary thromboEmbolism)は致命的な疾患です。
しかし典型的な症例は少なく、診断に難渋することもしばしばです。
"非典型的なのが典型例"というclinical pearlすらあります。
そんなPEの診療について、改めて考えてみました。
※この記事の内容が原因で生じたいかなる不利益にも責任は負いかねます。
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目次
【参考文献】
肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版)
【基本事項】
・静脈系に発生した塞栓子(多くは血栓)が肺動脈に詰まり、呼吸/循環障害をきたします。
・原因のほとんどが深部静脈血栓症(DVT:Deep Vein Thrombosis)です。
・有名な疾患ですが、臨床所見は非特異的で診断は難しいものとされます。
→診断アルゴリズムに基づき、診断を行っていく姿勢が重要です。
【リスク因子例】
・血流停滞
-長期臥床 -肥満 -妊娠 -慢性心不全/呼吸不全
-下肢麻痺 -下肢静脈瘤 -加齢 -長時間座位
・血管内皮障害
-骨折(下肢) -手術 -外傷
-CVC留置 -カテーテル検査/治療
-抗リン脂質抗体症候群 -喫煙
・血液凝固能亢進
-悪性腫瘍 -化学療法 -感染症
-ホルモン補充療法 -経口避妊薬
-ネフローゼ症候群 -脱水
-先天性疾患による血栓傾向
【症状】
⓪基本事項
・PEによる死亡は発症後早期に多いとされます。
→本症を疑った際は、できるだけ早期に診断しなくてはなりません。
・"他で説明できない呼吸困難(SpO2低下)はPEを鑑別"が最も重要な考え方です。
・特異的な症状がない一方で、診断例の90%は症状から疑われています。
→診断のきっかけとなるため、症状の理解は重要だと考えます。
※下記の症状頻度はガイドラインに記載されている肺塞栓症研究会のものです。
①呼吸困難(72%)
・最も多い自覚症状です。
・"他で説明できない呼吸困難(SpO2低下)はPEを鑑別"は重要な考え方です。
・安静時に認めなくても、労作時のみに認めることもあり注意が必要です。
→歩行負荷試験(SpO2を測定しながら歩行させる)も有効な診察法と考えます。
・典型的には突然発症ですが、緩徐(e.g.週単位)な発症もあり得ます。
②胸痛(43%)
・呼吸困難に次いで多いと考えられている自覚症状です。
・典型的には胸膜痛(吸気時の鋭い痛み)とされます。
→末梢肺動脈の閉塞による肺梗塞に起因するものとされます。
・胸骨後部痛を訴える場合もあります。
→中枢肺動脈の閉塞による右室虚血に起因するものとされます。
③動悸(22%)
・呼吸困難や頻呼吸などと同様に"他で説明できない頻脈"はPEを鑑別します。
・"他で説明できない呼吸困難(や頻呼吸)"を合併する場合、よりPEが疑われます。
④失神(22%)
・中枢肺動脈閉塞による重症例で認める傾向があります。
・一方で重症度と関係ないとする報告もあり、失神でPEを想起することが重要です。
※失神の記事にも記載があります。
→主訴が一過性意識消失である場合、"HEARTS+出血病変"は必ず鑑別します。
⑤下肢の腫脹(約50%)
・PEではなくDVTによる所見です。
・片側性で疼痛を伴うことが特徴ですが、いずれも伴わない場合もあります。
・なお、PEの約半数は下肢の腫脹を伴わないという事実も重要です。
⑥その他の症状
・咳嗽(11%)
・血痰(6%)
・発熱(10%)
・冷汗(25%)
●PEの心電図所見
・いずれの所見も感度は低いものの特異度は高いとされます。
→PE疑いで認める場合、PEの可能性が高まりますが、除外には使いにくいです。
・SⅠQⅢTⅢ:Ⅰ誘導のS波、Ⅲ誘導のQ波と陰性T波を示します。
・陰性T波:V1-4誘導で認めます。V1-3、1-2、1のみで認めることもあります。
・右脚ブロック:完全/不完全で特異度に大きな差はありません。
医療関係者の皆さま|持田製薬株式会社(SⅠQⅢTⅢとV1-4の陰性T波)
●PEの心エコー所見
・心エコーは診断にはあくまで補助的な立ち位置です。
・しかし、右心負荷所見は治療方針に関わるため、必須の検査になります。
・以下の所見は、比較的確認しやすい所見と考えます。
-右室拡張(拡張末期径>30mm)
-傍胸骨短軸像での心室中隔扁平化(D-shape)
-右室自由壁運動低下/心尖部は保たれる(McConnell's sign)
-心窩部像での呼吸性変動が消失したIVC拡張
-右房/右室/肺動脈内の血栓
Case 53 ★右室心尖部過収縮(McConnell's sign)
【診断】
①診断アルゴリズム
救急外来,ここだけの話より一部改変
・いわゆる心停止やショックなど、循環動態が不安定なPEは診断が難しくありません。
※それらの鑑別の上位にPEが挙がるためです。
・基本的に診断が難しいのは循環動態が安定したPEになります。
→本項では、循環動態が安定したPEの診断について考えます。
・実際にgolden standardとなる診断アルゴリズムは1つに絞られていない印象です。
・上図は参考文献を参照した図ですが、実臨床に即しており、有用だと考えます。
②Well`s score
DVTの所見を認める |
3点 |
PE以外の可能性が低い |
3点 |
心拍数>100/分 |
1.5点 |
4週間以内の手術または長期臥床 |
1.5点 |
PEやDVTの既往 |
1.5点 |
喀血 |
1点 |
癌(治療中/緩和/6か月以内治療) |
1点 |
low:0-1点
intermediate:2-6点
high:≧7点
③PERC(PE Rule-out Criteria)
・年齢<50歳
・心拍数<100/分
・SpO2>94%
・以下を認めない
-片側の下肢腫脹 -血痰
-4週間以内の手術や外傷
-PEやDVTの既往
-エストロゲン製剤使用歴
以下の全てを満たせば、アルゴリズムで(-)とします。
→感度は96-100%とされています。
④Dダイマー
・感度は高いものの特異度は低く、PEの"除外"のために測定します。
※特異度の低さをカバーする点でPERCは重要です(=無駄な造影CTを減らせます)。
・なお、原則として"高感度"Dダイマーを前提としています。
→そうでない場合はWell`s scoreが"intermediate"でも画像検査が推奨されます。
・カットオフ値
-年齢<50歳:500 ng/mL(μg/L)
-年齢≧50歳:年齢×10 ng/mL(μg/L)
・上昇を示すその他の病態例
-悪性腫瘍 -肝硬変 -大動脈瘤
-手術後 -妊娠 -DIC -感染症
⑤胸部造影CT
・PEの診断に最も有用な検査です。
・除外にも有用で、胸部造影CTで所見を認めなければ、原則としてPEを除外します。
・禁忌例:造影剤アレルギー、重篤な甲状腺疾患、eGFR<30(透析患者は除く)など。
→特に腎機能低下例は診断のメリットが上回れば施行を検討します。
※特に造影剤腎症は近年存在そのものが懐疑的とする意見もあります。
・なお、禁忌例の代替となる検査は肺換気血流シンチグラム(V/Q scan)です。
●複数の診断アルゴリズム
・診断アルゴリズムについては、書籍やGL等で様々な記載があります。
・例えば、clinical prediction ruleもWell`s scoreだけでなくGeneva scoreがあります。
※診断能力はいずれも差はないようです。
・また、PERCについても2019年のESCのGLには組み込まれていません。
※PERC研究でのPEの有病率の低さにつき、一般化可能性が支持されないことが理由とされます。
・さらに、施設ごとのプロトコル等が存在する場合もあると思われます。
・Dダイマーについても施設により高感度か否かという問題などもあります。
・このような背景から、PEの診断アルゴリズムは複数あり、どれもgolden standardになりきれていないのだと思われます。
・今回は参考文献を中心とした診断アルゴリズムを記載してみました。
→個人の実感として、実臨床に即していて使いやすいものだと思ったからです。
【治療】
①基本戦略
肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版)
※右室機能障害:拡張末期右室/左室比≧0.9、右室運動低下、三尖弁逆流血流速増加など。
※心臓バイオマーカー:BNPやトロポニン(I/T)の上昇。
・上記は日本のGLの治療戦略です。
・あくまでも基本的な考え方で、柔軟に対応することが必要とされます。
・なお心停止やショック例では血栓溶解療法や外科的治療も考慮します。
→基本的には集中治療医や循環器内科医などの協力を得ながらの診療となります。
→これらの治療方針には施設差などもあるため、今回は抗凝固療法を中心に述べます。
②sPESI(simplified PE Severity Index)
・年齢>80歳
・癌の既往
・慢性心不全 or 慢性肺疾患
・脈拍数≧110/分
・収縮期血圧<100/mmHg
・SpO2<90%
各項目1点です。
→0点:30日以内の死亡リスク1.0%、≧1点:10.9%です。
③抗凝固療法
肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン(2017年改訂版)
・ヘパリンやDOACなどが頻用され、治療期間は上図が参考になります。
※DOACはワルファリンと効果は同等で、出血合併症が少ないため優先されます。
・single drug approach:初期からDOACで治療を行うことです。
→リバーロキサバンやアピキサバンを用い、初期治療期間/用量が定められています。
・ヘパリン
-投与開始時期:診断がついたとき、画像精査前でも検査前確率が極めて高いとき。
-投与例:未分画ヘパリン 80単位/kg or 5000単位 単回静注。
→その後、18単位/kg/hrで持続静注します。
※投与量については、重症度で適宜増減し得ます。
-目標:APTTが対照値の1.5-2.5倍になるように調整します。
→初回投与の6時間後、変更があれば更に6時間後にAPTTを測定します。
→連続2回のAPTTが治療域(下図)になれば、1日1回の測定とします。
-禁忌:出血性潰瘍、脳出血急性期、出血傾向、悪性腫瘍、動静脈奇形、重症かつコントロール不能の高血圧、慢性腎不全、慢性肝不全、出産直後、大手術/外傷/深部生検後の2週間以内など。
→これらに該当する場合も、利益が上回る場合は投与を検討します。