この記事は2023/1/7に内容更新しました。
めまいは非常に頻度の高い主訴ですが、落とし穴が多く、奥深いものです。
あらゆる主訴の中でも最も注意しなければならないものの1つだと思います。
私自身、脳神経内科医の端くれとして沢山の"めまい"のコンサルトを受け、診療をしてきましたが症例ごとにこの症状の奥深さを実感しました。
今回はそんなめまい診療についてまとめてみます。
※この記事の内容が原因で生じたいかなる不利益にも責任は負いかねます。
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目次
【参考文献】
Emerg Med Clin North Am 2016;34(4):717-742
American Journal of Neuroradiology 2000;21(8):1434-1440
【基本事項】
回転性めまい(vertigo)
浮動性めまい(diziness)
前失神(presyncope)
・"めまい"は主観的な感覚であり、古典的には上記の3つに分類されます。
・ただし現在は"回転性"と"浮動性"といった性状からアプローチすることはほとんどありません。
→あくまで主観的な表現であり、再現性が乏しいものと考えられているためです。
・めまいの原因:末梢性(三半規管/前庭)、中枢性(小脳/脳幹)、その他に分類されます。
→その他としては、その重症度の高さから"前失神"を必ずおさえる必要があります。
・報告により差がありますが、概ね末梢性が30-40%、中枢性が10%弱、前失神が10%弱です。
・特に中枢性めまいと前失神は死亡リスクもあり、見逃さないようにします。
・また、症状の強さと原疾患の重症度は必ずしも一致しないことにも注意が必要です。
※頻回の嘔吐→BPPV、重症感のないめまい→小脳梗塞ということもあります。
・上記の事項や様々な参考書/論文の記載、私自身の経験を踏まえて以下のアプローチ手順を1つの方法として提案します(あくまで参考にして頂けると幸いです)。
①末梢性や中枢性ではない,その他(特に前失神)の致命的な原因を除外する.
②中枢性めまいの可能性を検討する.
③BPPVの可能性を検討する.
④その他の末梢性めまいと前庭性片頭痛の可能性を検討する.
⑤最終的なマネジメント方針(帰宅or入院)を決定する.
・また、最後に今はやりの(?)AVS、t-EVS、s-EVSといった新分類についてまとめます。
【前失神など他病態の検討】
Emerg Med Clin North Am 2016;34(4):717-742を参考に作成
・中枢性or末梢性を考える前に、そもそもめまいとして診療を進めるべきか検討します。
・上表はめまいに随伴症状を認める場合の鑑別診断が列挙されており、参考になります。
→"めまい"が主訴でも中枢性or末梢性とかけ離れた疾患であることもあるのです。
※自験例で、めまいで救急搬送されたACSを診療したことがあります。
・めまいの原因となる薬剤は、降圧薬/利尿薬/向精神薬などをはじめ、多岐に渡ります。
・随伴症状を認めない場合も、患者の言う"めまい"が実は"前失神"ではないか必ず検討します。
・前失神:失神のような意識消失はないものの、失神しそうな感じを指します。
→具体的には立ちくらみ、眼前暗黒感、血の気が引くような感覚を表した言葉です。
・ただし前述のように患者の訴えの再現性は必ずしも高くなく、患者の訴え方にかかわらず、めまい診療においては常に前失神の可能性を考える必要があると思います。
・特に前失神を積極的に疑う場合は、失神に準じた診療を行うことになります。
※失神の診療についてはリンク先記事も参照ください。
・前失神の鑑別診断として、致命的なHEARTS(下記)+hypovolemiaは必ずおさえます。
-Heart attack(AMI):胸痛や呼吸困難がなくても前失神患者では必ず疑います。
-Embolism(PE):説明のつかない低酸素血症や頻脈で想起します。
-Aortic dissection:突然and/or強い疼痛や胸部XPでの縦隔拡大で疑います。
-Aortic stenosis:聴診で収縮期雑音を認める場合に疑います。
-Rhythm(徐脈性不整脈):心電図や既往歴で疑います。
-Tachycardia(頻脈性不整脈(VTなど)):心電図や既往歴で疑います。
-SAH:発症時の頭痛などで疑います。
-hypovolemia:原因として特に消化管出血の可能性は必ず考慮します。
【中枢性めまいの検討】
⓪基本事項
・原因:小脳梗塞/出血、Wallenberg症候群、脳腫瘍、多発性硬化症など。
→特に救急診療では、小脳梗塞やWallenberg症候群が重要な鑑別になります。
・重要なのは、発症早期の後方循環系の脳梗塞ではDWI偽陰性が多いということです。
→"MRIが正常なので中枢性は否定的と考えた"という発言はあってはならないということです。
※詳細は後述します。このことは様々な参考書に記載され、常識になりつつあります。
・従って中枢性めまいの検討では病歴、vital signs、神経学的所見が重要になります。
※後方循環系のTIAも鑑別ですが、リスク因子の有無などから総合的な判断を要します。
①病歴/vital signs
-突然発症
-安静時も持続
-一定の方向を向いても症状改善なし
-脳卒中リスク因子あり※
※脳卒中既往, HT, DM, DL, CKD, AF, 肥満, 喫煙, 多量飲酒など。
・特に脳卒中のリスク因子については、必ず確認するようにします。
・突然発症はBPPVや前失神などでも見られ得る発症様式です。
・安静時の持続も前庭神経炎などで見られます。
→このように病歴のみでは有用性に乏しい印象がありますが、参考にはなります。
・vital signs:脳血管障害では血圧上昇を来たしやすいとされます。
→頭蓋内圧亢進を伴えば徐脈も呈し得ます(Cushing現象)。
②神経学的所見
-頭痛(頚部痛) -複視 -眼球運動障害
-難聴※ -嚥下障害 -構音障害
-歩行障害(体幹失調) -四肢の運動失調
-上下肢/顔面運動障害 -上下肢/顔面感覚障害(特に痛覚)
※AICA領域の梗塞で認めることがあります。
・特に上記の神経学的所見の異常を認める場合、中枢性を積極的に疑います。
・なお、めまいのために診察が困難である場合、眼振は比較的診察しやすく重要な所見となるため、次項で詳細にまとめます。
・小脳梗塞の原因血管にはSCA(上小脳動脈)、AICA(前下小脳動脈)、PICA(後下小脳動脈)があります。
→いずれも四肢/体幹の失調や構音障害といった小脳所見が重要になります。
→また、AICA領域の梗塞では片側性の難聴を認めることがあるため、注意します。
・更にPICA領域の梗塞では、体幹失調が唯一の所見となることがあります。
→めまいを帰宅させる際に"歩行が可能か"を確認する理由とも言えます。
→めまいのため座位すらとれないこともあるため、そのような症例ではやむなく"PICA梗塞が否定できないからとりあえず頭部MRI"という方針がとられることがしばしばある印象です。
・Wallenberg症候群は延髄外側の梗塞であり、椎骨動脈やその枝のPICAの閉塞により生じ、特に頭蓋内椎骨動脈解離によることが多いとされます(下表に症状記載)。
→特に感覚障害では障害側顔面および健側頸部以下の"温痛覚障害"が重要です。
→従って、めまいの診察の際は触覚だけでなく必ず痛覚の左右差も確認します。
-舌咽/迷走神経運動核(疑核):球麻痺症状(構音/嚥下障害、嗄声など)。
-舌咽/迷走神経感覚核(孤束核):障害側の味覚障害。
-下小脳脚:障害側の上下肢失調。
-三叉神経脊髄路核:障害側の顔面温痛覚障害。
-交感神経下行路:障害側のHorner症候群。
-外側脊髄視床路:健側の頚部以下の温痛覚障害。
③眼振
・眼振はめまいが強く、診察が困難な場合も比較的容易に確認できます。
→末梢性同士の鑑別でも重要であり、めまい診療で最も重要な診察所見と考えます。
・診察の際はフレンツェル眼鏡を装着させると、眼振の観察がしやすくなります。
・中枢性を示唆する眼振として、注視誘発眼振(注視方向性眼振)と垂直性眼振をおさえます。
・いずれも感度は高くないものの特異度が高いため、認める場合は入院の方針とします。
・注視誘発眼振:右を向くと右向き、左を向くと左向きの眼振が出現します。
・垂直性眼振:上下方向の固定ができずに眼振が出現します(動画)。非常に稀とされます。
・なお水平方向固定性眼振(後述)は前庭神経炎に特徴的ですが、中枢性でも認め得るとされるため、注意が必要です。
④HINTS
・HINTS:Head Impulse test(HIT), Nystagmus, Test of Skewの3つの診察からなります。
・前庭障害によるめまいと中枢性めまいの鑑別に有用とされます。
※後述する分類の"AVS"に対して用いられ、末梢性vs中枢性のための診察ではありません。
・HIT陽性、注視誘発眼振/垂直性眼振なし、Skew Deviationなしの全てを満たせば、中枢性は否定的と考えます。
・HINTSは非常に有用な診察だと考えられてきており、例えば当初の報告では脳卒中に対して感度100%、特異度96%という驚くべきものがあります(Stroke 2009;40(11):3504-3510)。
・一方で本当にそこまで有用であるのか?とする研究は数多くあり、例えば最近のメタアナリシスではneurologist(神経内科医)が施行した場合は感度96.7%/特異度94.8%、救急科医および神経内科医を含む群では感度83%/特異度44%であったとする報告があります(Acad Emerg Med 2020;27(9):887-896)。
→すなわち、診察に習熟する必要があり、どこまで有用な診察となるかは自分の腕次第ということになってしまう点に注意が必要です。
※神経内科専門医クラスでなければ、HINTSを信頼し過ぎるのは危険かもしれません。
・HIT(上図):検者の鼻を注視させながら、被検者の顔面を素早く左右に約15°回旋させます。
→正常では検者の鼻を注視し続けることができますが、前庭障害を認める場合は一度鼻から視線が外れて、また鼻を注視するというタイムラグが発生します。
・test of skew:左右眼球の上下へのずれ(垂直性閑散)をSkew Deviation(斜偏倚)と呼びます。
→責任病巣は中脳/橋/延髄と広範にわたるため、局在徴候の意義は乏しいとされます。
→また、一般に障害側は下位の眼球側が多いとされますが、一側性MLF症候群を合併する例では上位の眼球側であることも知られています。
→test of skewでは、前方を固視させた状態で手掌などで両眼を交互に隠します。
→この際、眼球が垂直に動けばSkew Deviationありと考えます。
※HIT陽性例の動画です。
※test of skew(Skew Deviation)陽性例の動画です。
⑤頭部MRI
American Journal of Neuroradiology 2000;21(8):1434-1440
・中枢性を疑う場合、(頭部CTで出血がなければ)頭部MRIは必須の検査になります。
・上図左側(+が後方循環系の脳梗塞)のグラフは、時間経過によるDWI偽陰性の推移を示したものです。
→発症早期は偽陰性が非常に多く、前方循環系と同程度になるのが発症約40時間後です。
→初回の頭部MRIが正常でも、発症から48-72時間後を目安にMRIを再検することが重要です。
・上図右側は突然発症のめまいで受診した45歳男性の頭部MRI所見です。
→A,Bは発症5.5時間後に撮像されたもので、明らかな梗塞巣を指摘できません。
→C,Dは発症15時間後に再度撮像されたもので、脳幹に梗塞巣を指摘できます。
※A,C:FLAIR、B,D:DWIです。
・このように、初回の頭部MRIが正常であることは中枢性の否定にはなりません。
→理論的には、中枢性の可能性を疑い頭部MRIを撮像した時点で、どのような結果であっても入院の方針とするのが妥当であるということになります。
【BPPVの検討】
⓪基本事項
・BPPVはめまいを呈する疾患で最も頻度が高く、必ず鑑別に挙げるべき疾患です。
・好発:50-60歳の女性に好発し、骨粗鬆症がリスク因子となる可能性が指摘されています。
・障害部位による分類:後半規管型(70%)、水平半規管型(30%)、前半規管型(稀)。
→基本的には後半規管型と水平半規管型を押さえます。
→前者はDix-Hallpike test、後者はSupine-Roll testが診断に有用です。
・病態による分類:以下の2つに分類されます。
-半規管結石症:三半規管に卵形嚢由来の小耳石が迷入し、体位変換に伴いリンパ流動を生じさせ、めまいと眼振が生じます。
※最も多い後半規管型のほとんどが半規管結石症とされます。
-クプラ結石症:クプラに卵形嚢由来の小耳石が付着し、体位変換に伴いクプラが偏倚することで、めまいと眼振が生じます。
→両者では頭位変換時に誘発される眼振の方向が逆になります。
※クプラ:半規管膨大部の感覚細胞の感覚毛を包み込むゼラチン質からなる構造。
①病歴
・めまいの新分類(後述)では、t-EVS(triggered Episodic Vestibular Syndrome)に当たります。
→t-EVSでは何らかのトリガーを契機にめまいが出現し、数秒-分持続します。
→"トリガーがあること"と"安静時に所見を認めないこと"が重要になります。
・BPPVのトリガーは、特定の頭位をとることです。
→具体的には寝返り、洗濯物を取り込む、靴ひもを結ぶなどの行為で誘発され得ます。
・典型的には頭位変換から数秒の潜時で生じ、次第に増強→減弱し1分以内に消失します。
※ただし、クプラ結石症では潜時がなく、特定の頭位をとる限り1分以上持続し得ます。
→従って、やはり"トリガーがあること"と"安静時に所見を認めないこと"が重要になります。
・難聴/耳鳴り/耳閉感を伴いません。他の末梢性めまいとの鑑別に重要です。
・その他の神経学的異常所見を伴いません。中枢性めまいとの鑑別に重要です。
②Dix-Hallpike test
Dix Hallpike to Diagnose BPPV Dizziness - YouTubeより引用作成
・BPPVの約70%を占める後半規管型の診断に有用です。
・座位で頭を45°右or左側に回旋し、1-2秒で素早く懸垂頭位(30°)とします。
→これを両側で行います。一度座位に戻してから反対方向を行います。
・患側での検査で、患側方向の回旋性眼振が誘発されます。
Left Posterior Canal BPPV | BalanceMD - www.BalanceMD.net
※動画では左向き回旋を伴う眼振を認め、左側後半規管型BPPVです。
③Epley法
Epley Maneuver to Treat BPPV Vertigo - YouTubeより引用作成
・Dix-Hallpike testで後半規管型の診断に至ったら、そのままEpley法で治療します。
・Epley法は後半規管型BPPVに対してNNT 2というデータもあり、非常に有用です。
・まず、Dix-Hallpike testと同じ要領で患側下懸垂頭位(①,②)とします。
→90°回旋し健側下懸垂頭位(③)→体幹を90°回旋し健側下側頭位(④)→座位(⑤)とします。
・各体位は30秒-1分程度保持します(眼振の停止を1つの目安とします)。
※前半規管型にも有効な治療法と考えられています。
Epley Maneuver to Treat BPPV Vertigo
④Supine-Roll test
・BPPVの約30%を占める水平半規管型の診断に有用です。
・仰臥位の状態から頭を90°右側→仰臥位→90°左側に動かし、眼振を観察します。
・通常のBPPVならば向地性眼振となり、眼振やめまいの強い側が患側となります。
・クプラ結石症だと背地性眼振となり、眼振やめまいの弱い側が患側となります。
※眼振の減衰を認めない場合にクプラ結石症と捉えるという記載の文献もありました。
※動画(3:46-)は向地性眼振で、左側が患側と考えられる水平半規管型BPPVです。
⑤Lempert法
Lempert (BBQ) Maneuver to Treat BPPV Vertigo - YouTubeより引用作成
・比較的よく用いられる水平半規管型の治療法です。
※ただしEpley法のように有効性が確立された治療法は、水平半規管型にはないとされます。
・仰臥位(①)→健側下側臥位(②)→腹臥位(③)→患側下側臥位(④)→仰臥位(⑤)→座位(⑥)とします。
・各体位は30秒-1分程度保持します(眼振の停止を1つの目安とします)。
⑥予後
・"良性"発作性頭位めまい症の名前通り、良性疾患であり、多くは自然軽快します。
・報告で差がありますが、後半規管型は1か月以内、水平半規管型は2週間以内に大部分が軽快します。
→この期間の外来フォローは、基本的に耳鼻咽喉科への紹介が望ましいと思います。
【その他の末梢性めまいと前庭性片頭痛の検討】
⓪基本事項
・ここまでの診療で診断がつかない場合、多くは前庭神経炎か前庭性片頭痛と考えられます。
・また、前庭性片頭痛と鑑別を要したり合併も多いメニエール病についても述べます。
・なお、蝸牛症状(難聴/耳鳴り/耳閉感など)を伴う場合は必ず耳鼻咽喉科へ紹介します。
→精査のためには、聴力検査などの耳鼻咽喉科のみ行える検査が必要になるためです。
・従って非耳鼻咽喉科医が、その場で診断できる末梢性めまいは限られてきます。
①前庭神経炎
・前失神、中枢性めまい、BPPVが否定的かつ蝸牛症状がなければ第一に疑います。
※蝸牛症状:難聴、耳鳴り、耳閉感など。
・突発性の通常は一側性の末梢前庭障害で、(古典的には)回転性めまいを自覚します。
→めまいは数日-1週間程度持続し、単回(再発しない)ことがほとんどです。
・病態:ウイルス感染(最有力,特にHSV-1)、循環障害、脱髄などの仮説があります。
→発症の1-2週間前に感冒症状を呈していることが多いとされます。
・眼振:健側への方向固定性水平性眼振(時に水平回旋混合性)が出現します。
→どの方向を見ても同じ向きの眼振で、前庭の障害を示唆します。
→大半は前庭神経炎によりますが、稀に中枢性による前庭障害のことがあります。
・HIT:前庭障害を反映してHIT陽性となることが多いとされます。
・治療:ステロイド(PSL 30-40mg/日 1週間で漸減中止)や抗不安薬などが用いられます。
・予後:経時的に症状の改善を認めますが、十分な改善に数か月要することもあります。
※右向きの方向固定性眼振を認め、左前庭神経炎が疑われます。
②メニエール病
・蝸牛症状を伴うめまいを反復している場合に疑います。
→特に反復することが重要で、初回発作のみで確定診断はできません。
・有病率は35-50/10万人、中高年女性に好発する可能性が示唆されています。
・リスク因子としてストレスや几帳面/神経質な性格などが想定されています。
・めまい:誘因なく発作的に出現し、数分-数時間持続します。
・蝸牛症状:難聴、耳鳴り、耳閉感などで初期は低音部の感音性難聴が多いです。
→めまい発作(蝸牛症状合併し得る)の頻度は週数回-年数回まで様々です。
・眼振:発作時に方向固定性水平性(or水平回旋混合性)眼振が出現します。
→発作直後は患側(刺激性眼振)、数分-数十分後から健側(麻痺性眼振)になります。
・治療:発作時は対症療法を行い、間欠期は利尿薬のイソソルビドを処方することが多いです。
③前庭性片頭痛
国際頭痛分類第3版(ICHD-3)日本語版
・めまいの新分類(後述)では、s-EVS(spontaneous Episodic Vestibular Syndrome)に当たります。
→s-EVSの原因の1つにメニエール病があり、前庭性片頭痛はメニエール病と鑑別を要します。
→なお、頻度としてはメニエール病よりも前庭性片頭痛の方が多いとされます。
・発作持続期間:多様で、数分/数時間/数日がそれぞれ約30%、残りの10%は数秒(頭位変換や視覚刺激で繰り返す)とされます。
→72時間を超えることはほとんどなく、72時間以上持続する場合は他の疾患を検討します。
・その他の症状:一過性の聴覚症状、悪心/嘔吐などを随伴し得ます。
・メニエール病との関連
-前庭性片頭痛とメニエール病の鑑別はしばしば困難で、合併すらし得ます。
-メニエール病における片頭痛の合併率は51%とする報告があります(Laryngoscope 2016;126:163-168)。
-更に片頭痛とメニエール病は一緒に遺伝し得るとされています。
-また、頭痛はメニエール病の発作時にも認め得て、片頭痛様であることすらあります。
-このように両者の鑑別は困難と考えられますが、例えば72時間以上発作が持続することからメニエール病と診断し、良好な経過をたどった症例報告があり参考になります(神経治療 2020;37:39-42)。
-ICHD-3では、将来の改訂において"前庭性片頭痛/メニエール病重複症候群"という疾患が組み入れられる可能性にまで言及しており、両者の病態の解明が待たれるところです。
【帰宅or入院の判断】
-前失神をはじめとした他病態が否定的である。
-中枢性めまいが否定的である。
-自力歩行(tandem gaitも確認)が可能である。
-経口摂取が可能である。
・様々な考え方がありますが、一例として上記全てを満たせば帰宅可能と考えます。
・自力歩行を確認するのは、特にPICA領域の梗塞で体幹失調が唯一の所見となり得るからです。
・また、前述のように中枢性めまいは単回のMRI撮像では否定できないことに注意します。
・なお、抗めまい薬に確固たるエビデンスはありませんが、以下に投与例を示します。
-投与例1:メイロン®静注8.4% 12-60mL 静注。
※心不全、腎機能障害、低K血症、低Ca血症などは慎重投与です。
-投与例2:ベタヒスチンメシル酸塩(メリスロン®)錠 6mg 3-6錠分3。
-制吐薬例:メトクロプラミド(プリンペラン®)注 10mg 静注。
※腸閉塞、消化管出血、消化管穿孔、褐色細胞腫、過敏症既往は禁忌です。
【めまいの新分類】
⓪基本事項
Emerg Med Clin North Am 2016;34(4):717-742
・前述のように、現在では最早"めまいの性状"は診療の役に立たないと考えられています。
・近年、古典的な分類に対してめまいの"timing"と"trigger"に着目した分類がしばしば用いられます。
・概要は上図に示した通りで、まずは随伴症状などから全身性疾患の可能性を考慮します。
※本記事では【前失神など他病態の検討】で示した表に当たります。
・全身性疾患が否定的であれば、めまいの"timing"と"trigger"から以下のように分類します。
⑴安静時にめまいが持続している
→AVS(Acute Vestibuler Syndrome)として対応します。
⑵めまいは間欠的である
→EVS(Episodic Vestibular Syndrome)として、めまいが頭位変換や起立などで誘発されるか確認します。
→誘因(trigger)があればt-EVS(triggered EVS)、なければs-EVS(spontaneous EVS)とします。
①AVS(Acute Vestibuler Syndrome)
Semin Neurol 2019;39(1):27-40を参考に作成
・安静時にもめまいが持続している場合、AVSと考えます。
・急性発症で数時間-数週間持続するめまいで、悪心/嘔吐、歩行の不安定性、眼振、頭部動作の不耐性を伴います。
・頻度の高い原因:前庭神経炎/迷路炎および後方循環の脳卒中で大半を占めます。
※迷路炎は前庭神経炎の症状に難聴や耳鳴りを伴います。
・稀な原因:小脳出血、Wernicke脳症、多発性硬化症、自己免疫性疾患など。
・AVSでは上表の身体所見が重要になり、これらの所見から前庭神経炎と後方循環系の脳卒中の鑑別を行うことができるとされます。
②t-EVS(triggered Episodic Vestibular Syndrome)
・めまいが間欠的で誘因(trigger)がある場合、t-EVSと考えます。
・誘因の多くは頭位変換や起立などであり、数秒-数分(多くは1分)以内に改善します。
・頻度の高い原因:BPPVと起立性低血圧が主な原因になります。
※起立性低血圧は前述の前失神の項目も参照ください。消化管出血などに注意を要します。
・稀な原因:中枢性発作性頭位めまい症(CPPV:Central Paroxysmal Positional Vertigo)。
→BPPV(特に水平半規管型のクプラ結石症)様の眼振も呈し、しばしば鑑別が困難です。
→結局【中枢性めまいの検討】で述べた内容に沿った丁寧な検討を要すると思います。
・CPPVは主に小脳虫部に病変を有する種々の疾患に起因しますが、特に本邦の脳卒中では梗塞よりも出血に起因することが多い可能性が示唆されています。
③s-EVS(spontaneous Episodic Vestibular Syndrome)
・めまいが間欠的で誘因(trigger)がない場合、s-EVSと考えます。
・稀な原因:種々の全身性疾患(心血管系疾患/低血糖/CO中毒など)、メニエール病、パニック障害など。
・特にTIAの診断はしばしば難しく、結局【中枢性めまいの検討】(特にリスク因子)で述べた内容に沿った丁寧な検討を要すると思います。
④まとめと私見
・以上が"timing"と"trigger"によるめまいの新分類の概要になります。
・この分類による大規模な診療成績の研究などは、自分の知る限りまだありません。
・少なくともめまいの"性状"による分類よりは明らかに有用です。
・また、症状から頻度の高い鑑別を即座に絞ることができるので、救急診療でも武器になる考え方と思います。
・一方で、分類後はやはり中枢性めまいなど重症度の高い原因の鑑別を要します。
・この点を意識しないで、AVSだから前庭神経炎か脳卒中、t-EVSだからBPPVか起立性低血圧、s-EVSだから前庭性片頭痛かTIA、といったように決め打ちで診療を進めてしまうとどこかで足元をすくわれる気がします。
→t-EVSでも中枢性めまい(CPPV)、s-EVSでも心血管疾患、ということがあり得るのです。
→とすると、結局致命的な疾患を除外するという思考は必ず持っていなければなりません。
・従って、やはり根底の考え方として前項までに述べてきたような診療方針(前失神など致命的な原因の検討→中枢性めまいの検討→BPPVの検討→その他の末梢性めまいや前庭性片頭痛の検討)は必須であり、例えば診療の最初の大まかな振り分けにこの新分類の考え方を用いるのがよいのではないかと思いました。
※自分がこのように考えるのは、基本的にコンサルトを受ける側で最終的な責任を負う立場だからだと思います。逆にコンサルトを行う側で、短時間で多くの患者を診療しなければならない立場であれば、振り分けのできる新分類の考え方のみで診療を進めるのもありだと思いました。